藍井エイル『Eir Aoi LIVE TOUR 2020 “I will…” ~have hope~』:モニター越しに刻んだ赤の記憶と黒い世界、青く染まる音楽空間
藍井エイルが2020年8月16日に開催したライブ〈Eir Aoi LIVE TOUR 2020 “I will…” ~have hope~〉が、BD/DVDのパッケージでリリースされました。中止された全国ツアーの内容を披露した、一日だけのライブです。
2020年5~6月に予定されていた全国ツアーは延期され、その後、観客の数を半分にして昼夜公演に分けるという対策が考案されたものの、最終的には中止に至りました。そうしたなか、観客を入れずにライブを開催することが発表され、その様子はストリーミング配信されました。
スクリーンが “love”、“friendly”、“hope” など、いくつかの言葉を映し出します。それらは多くの人が求めているであろう言葉です。そして最後に浮かび上がるのは “I will…”。ピアノが静謐な音を奏で、2020年にリリースされた唯一のシングル「I will…」でライブは幕を開けます。歌も音も徐々に厚みを増して、起伏の激しい展開を見せます。
当初から「I will…」はツアーのタイトルに使われていて、2020年の出来事とは直接関係ない曲です。けれども期せずして、いつもと違う雰囲気のライブを背負う曲となりました。ときに優しく、ときに叙情的に、多様な顔を見せる歌声が、いつもの心強さを与えてくれます。「I will…」が軸となり、ステージとこちらがスクリーン越しにつながり、ひとつの音楽空間を作り上げます。
続く「月を追う真夜中」はイントロからトップスピードで走り始め、特にビートが気持ちよい曲です。前回のツアーでは最初に演奏され、今回は2曲目ですが、ほぼ同じようなポジションで一気にギアを上げる役割を担います。エイルが最後のサビを楽しそうに歌う表情が印象的でした。
今回の演奏で印象に残ったのが、間奏部分でリズミカルに響くピアノの音です。身体が跳ねるように感じる音の連なり、身体を疼かせる音の奔流が、とてもとても心地好い。配信されたときから好きだった曲ですが、このライブでもっと好きになりました。記憶は消えるどころか膨らみ、より強く刻まれます。
今回のエイルは、鮮やかな赤と深い黒の衣装を着てステージに立ちました。青を基調とする衣装が多いなか、赤が強調された姿で歌う姿は新鮮です。その赤が特に映えた曲が「アカツキ」です。
歌もメロディも音も叙情的な「アカツキ」は、ライブを重ねるごとに曲の持つ切なさが増して響きます。記憶をえぐるような感情の吐露。明滅する赤い光が歌声を吞み込もうとし、しかしそれを食い破るように歌声は存在感を増して響き、バンドの音も熱を帯びます。
シンフォニック・ロックの色を濃く反映した「GENESIS」。ストリングスの音を背負い、バンドの演奏には一層力がこもります。情熱的でありながら、ときに抑制的に響き、大胆に上下します。音に包まれる歌声は大きく膨らみ、広がり、それは会場を飛び出して各地で観ている人々のもとまで届きそうなほどです。
不穏なピアノの音が響き、ステージに満ちた熱を冷ます。エイルはそれまで立っていた円い台に腰を下ろし、「クロイウタ」を歌います。曲名だけでなく歌詞がすべてカタカナで表記されており、その異様さに独特の世界を感じる曲です。バラードで始まり、やがてスイッチが切り替わり、バンドの音になると世界が変わります。そして再び音が少なくなり、ピアノとストリングスが切なげに響いて、歌声が溶けるように消えます。
ステージは紅く染まり、そのなかで演奏された曲が「CRIMSON EYES」です。僕はライブで聴くのは初めてで、荒ぶるツイン・ギターをはじめ、肉厚なバンド・サウンドに魅了されました。ひたすらヘッド・バンキングしたい、パワフルでパンキッシュなロック・ソングです。
バラードの「青の世界」は、初めてライブで聴いたとき、森閑とした会場を満たす歌声に驚き、感動したものです。歌声に「触れている」感覚で聴いていました。その「触れている」感覚は配信であっても健在でした。海の底の深い深い青から、クリアに広がる空の鮮やかな青まで、グラデーションを描いて青い世界が目の前に広がります。
エイルが姿を消したステージでは、ファンキーに刻むギターでセッションが始まります。短い時間ながら、エイルバンドの五人の技術や魅せる演奏が詰め込まれた濃厚な音楽空間。そしてセッションが生み出した熱が残るなか、艶めいた音と光が溢れ出します。華やかな空気をまとい、「Raspberry Moon」が披露されます。
エイルは黒いケープコートに黒いハットで登場し、肌に紫色の光が絡みつきます。「Raspberry Moon」は、ロックを下地にしつつも、ジャズを意識した珍しい曲です。このアレンジに合わせてボーカルの雰囲気も他の曲とは変わり、曲線的で艶っぽく響きます。ジャズの色気とロックの荒々しさが組み合い、他の曲にはない魅力を放ちます。
カメラに向かってエイルは「画面越しとか関係なく煽っていくよ」と言い放ち、代表曲「IGNITE」を歌います。いつになくピアノの音が印象に残る演奏でした。続く「シリウス」では、明るいメロディが気持ちを盛り上げてくれます。今回は最後の歌い方を少し変えて、いわゆる「タメ」をつくりました。そして「緩」からの「急」。曲のエンディングをスピーディーに駆け抜けます。
その後、再び姿を見せたバンドとともに、エイルが「INNOCENCE」を披露します。彼女のライブ定番曲はいくつもあり、この曲もそのひとつです。間奏で展開される、攻撃的なストリングスの音のなかで交錯するバンドの演奏は、何度聴いても熱くなります。そして「少しでもハッピーにと思って」と前置きし、最後に演奏したのは「レイニーデイ」です。♪雨あがり 明日を信じて♪ と歌うこの曲で、明るくハンドクラップを鳴らし、ライブが終わります。