舞台『ねじまき鳥クロニクル』:壁を抜けるために下りた井戸、闇の中で記憶したバットの感触

fujiokashinya
May 4, 2020

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役者の身体から流れ出る言葉の奔流、曲線と直線が入り乱れるパフォーマーの身体表現、ダイナミックに形を変えてステージを彩るセットと照明と生演奏の音楽。村上春樹の長編小説『ねじまき鳥クロニクル』を原作とした舞台が2020年に上演されました。休憩をはさみ3時間に渡った公演は、演劇とコンテンポラリー・ダンスとミュージカルが混ざり合った多彩で多面的な表現を通して、この複雑な物語の中に観客を呑み込みました。

「岡田トオル」は猫を探して路地をさまよい、井戸のある空き家の敷地で「笠原メイ」と出会い、穏やかで奇妙な会話を交わす。妻の「岡田クミコ」が姿を消し、謎の女性から電話がかかってきて、義理の兄はクミコと縁を切るように通告する。「間宮中尉」から戦時中のノモンハンで体験した出来事を聞かされ、「加納クレタ」からは痛みに関する彼女の半生を聞かされる。彼は梯子を使って井戸の底に下り、眠るようにして考えを巡らせる。笠原メイは梯子を取り去り、井戸にふたをする。

井戸から出た彼は、「赤坂ナツメグ」と「赤坂シナモン」と出会い、いつの間にか顔に現われた痣を通して、数々の女性に一時の救いを与えることになる。義兄の使いと称する「牛河」が猫を抱いて現われ、その導きで、シナモンの部屋から彼はどこかにいるクミコと言葉を交わす。物語はクライマックスに向かい始める。彼は井戸の底に下りて壁を抜けると、バットを持って暗闇の中を歩く。その世界で、かつて電話で話した女性と言葉を交わし、そして誰かの助けを借りて、然るべき場所にたどり着く。彼はバットを両手で握りしめ、然るべきものに向けて何度も振り下ろす。

主人公を渡辺大知成河というふたりの役者が演じ、一方の影のように同時に登場したり、同じ人間の別の顔を見せるために交代して演じたりしました。同じ「岡田トオル」という名前を持っていても役割が切り換わり、そして世界も切り換わる小説の展開が表現されていたと思います。

一方、笠原メイを演じたのが門脇麦です。原作では主役級のキャラクターではありませんが、この舞台では準主役ともいうべきポジションを与えられました。陰鬱なエピソードが絡み合う物語の中で風を吹かせるのが笠原メイの清涼感であり、その役割を果たすのに門脇麦の明るい声が貢献していました。笠原メイは天真爛漫のように見えて闇も抱えていますが、それでも主人公を光で照らします。そしてこの物語そのものも照らし、会場に張り詰めた緊張が和らぎ、最後に救いのようなものを与えてくれたのではないかと思います。

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