岩波新書 シリーズ 中国の歴史:多元的な中国社会の変遷を知り、複雑さに向き合う視点を得る

fujiokashinya
Nov 7, 2020

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岩波新書の「シリーズ 中国の歴史」を読みました。2019年11月から2020年7月にかけて刊行された全五巻のシリーズです。新書なので短めかつ平易に書かれているものの、随所に専門的な内容が盛り込まれ、そして著者の専門領域では詳細な記述が張り巡らされています。専門書ではないが入門書でもなく、個人的には読み応えのある内容・構成であり、知的好奇心が刺激され続ける読書体験でした。

第1巻「中華の成立 唐代まで」(著:渡辺信一郎)では、古代中国の社会・政治の仕組みが綴られています。歴史とは王朝名が入れ替わるだけではなく、社会における複雑で多層的な変化の積み重ねであることを改めて思いました。なかでも印象的だったのは王莽の影響です。王莽は、単なる簒奪者ではなく、後世に受け継がれるシステムの開発者といえます。例えば、前漢から権力を移譲して新を建てた禅譲。この手続きは、のちに魏の建国でも用いられたことで、「漢魏故事」として以降も手本とされます。

続く第2巻「江南の発展 南宋まで」(著:丸橋充拓)では、江南の歴史が主に政治的・経済的な面からまとめられており、この地の中国史における役割を知ることができます。東晋に始まる南朝のシステム(中華王朝の正統性を確立する制度設計や経済の発展)が北魏~隋・唐に影響を与えたことは、江南が持つ意味の大きさを感じられます。また、唐後期から五代十国時代を経て北宋に至る時期は、北方遊牧国家に対抗するため、中原の国家が江南の経済力を求めました。華北と江南は、統一されていなくても取引を通じて有機的につながっていたことが分かります。

第3巻「草原の制覇 大モンゴルまで」(著:古松崇志)がカバーするのはユーラシア大陸の東側です。モンゴル高原~東トルキスタン・チベット~華北・江南~インドシナ半島をひとつの地域概念として設定することで、中国文明を中心とした視点から離れ、広くユーラシアの一部として中国を見つめます。

この地域を捉える軸のひとつが遊牧王朝と中国王朝の対峙であり、それは匈奴と秦・漢に始まります。6~9世紀はウイグルや突厥と隋・唐、10~12世紀は契丹と五代・北宋、12世紀は金と南宋、14~16世紀はモンゴルと明。また、両者は対峙するだけではなく、交易や移住によって交わります。その混淆は、中国王朝の統治体制を取り込んだ遊牧王朝が中国の一部または全体を支配することで、より深まります(鮮卑拓跋部の北魏~隋・唐、沙陀の五代~北宋、モンゴル帝国など)。遊牧王朝と中国王朝の「対峙と混淆」が中国を形作ってきたといえます。

複数の時代をまたいだこれまでの視点と異なり、明朝というひとつの時代を綴ったのが第4巻「陸海の交錯 明朝の興亡」(著:檀上寛)。14世紀後半に成立した明朝は、多様性・流動性の高い中国社会が一元化・固定化され、社会の隅々まで国家が統制した時代です。このシステムを洪武帝が作り上げ、永楽帝が継承しました。

そのシステムが崩れる要因のひとつが「銀」です。15世紀半ばから税の銀納化が認められると、現物経済から銀経済に移行し、それを16世紀後半からの日本銀・メキシコ銀の大量流入が後押しします。その結果、現物経済を基盤とした明初のシステムが揺らぎ、国家の統制力が低下します。明朝は国家が人々をコントロールする他律的な社会を作り上げたものの、それが溶解して流動性が高まるなかで滅んだ。この時代ならではの社会と国家の関係であり、中国社会の本質的な部分がよく分かる時期です。

最終巻の第5巻「『中国』の形成 現代への展望」(著:岡本隆司)は、清朝の成立から習近平政権に至る流れを概観します。清朝の歴史は勝者の歴史というより、明末から続く多元的な状態の東アジアをどのように統合するか苦心した痕跡に思えました。

これまで僕は、清朝は異民族が漢民族を抑圧する国家で、弱体化したところに列強に進出されて滅んだと捉えていたのですが、そう単純な話ではないと知りました。辛亥革命は単なる政権の交代ではなく、現在にまで続く一元化の動きが始まったターニング・ポイントといえます。そう考えれば、清朝は多元的な国家だったという説明が腑に落ちます。清朝は明末に高まった多様性を統合したのではなく、引き継いだのであり、それはむしろ中国社会における伝統的な振る舞いといえるのかもしれません。

江南の発展や異民族との混淆など、中国社会には流動性を高め、維持してきた要素がいくつもあります。この100年は流動性を抑える方向で進んできたものの、今は、その「不自然さ」に抗う波が来ているのでしょうか。来し方が行く末をすべて決めるわけではなくとも、痕跡が示唆するものは少なくありません。歴史を知ることは新たな視点を得ることです。読めば読むほど視点は増え、同時に分からないことも増えますが、その複雑さも含めて、根気よく歴史のページを繰ります。

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