中平希『ヴェネツィアの歴史 海と陸の共和国』[PART2]:陸の国という観点から味わう複層的なヴェネツィアの歴史

fujiokashinya
Apr 7, 2020

--

中平希『ヴェネツィアの歴史 海と陸の共和国』で特に強調されているのが、ヴェネツィアが支配した北イタリアの領土です。それは「テッラフェルマ(terraferma:動かない大地)」と呼ばれます。テッラフェルマを広げようとした動機は、ダルマツィアなど海上領土を確保したのと同じく、商業の安定と安全保障です。ヴェネツィアは交易ルートの終着点ではなく、結節点として機能したため、西欧に通じる陸路や河川を押さえることはとても重要でした。

海上交易都市といっても、すべての商業が海でおこなわれるわけではない。陸路も河川交通も重要な商業ルートであった。香辛料や絹や陶磁器をはじめとする東方商品をヨーロッパ市場へ運び、対価として毛織物や金属を得る陸路、具体的には南ドイツやフランスにいたるアルプスルートの確保と、ポー川とアディジェ川の河川交通の確保である。ヴェネツィアは、重要な通商ルートであったこの後背地に、敵対勢力が成長するのを見過ごすことはできなかった。自国の防衛もかねて、敵対勢力を排除し、強力な仮想敵との緩衝地帯を作る必要があったのである。

中平希『ヴェネツィアの歴史 海と陸の共和国』(創元社)p. 167

著者がヴェネツィアの歴史でおもしろいと語るのが、地中海交易の主導権が失われ始めてからであり、滅亡までに350年の時間があった点です。その350年はただの衰退ではなく、国家の形を変えて生き残りを図った期間であり、存続・変容にテッラフェルマが貢献したとされます。例えば、テッラフェルマで発展した毛織物や絹織物などの産業がヴェネツィア経済を支え、地方港として存続する要因となりました。海に固執したら、もっと早くに国家としての命運は尽きていたのでしょう。海の国家と陸の国家という両者を組み合わせて考えることで、ヴェネツィアの本質に一歩近づくことができます。

海上交易についてヴェネツィアの役割を学びなおすのは、わりと自然というか、水の都というイメージも手伝って難しくありません。しかし、ヴェネツィアが陸地にまで勢力を伸ばしていたという事実は、知識もイメージもない中で、最初はうまく呑み込めなかったものの、その意味が分かると感動に近い楽しさを感じました。歴史を複眼的に捉えるおもしろさは、高校生のときに味わい尽くしたと思っていましたが、そんなことはありません。その気になれば、いつでもいくらでも体験できることを実感しています。

--

--

fujiokashinya
fujiokashinya

Written by fujiokashinya

I am just a music/book lover. 音楽体験NOTESとブック・レポート My Twitter page: https://twitter.com/fujiokashinya

No responses yet