TM NETWORK『TM NETWORK How Do You Crash It?』:再起動した音楽と映像のエンターテインメント、次の物語を示唆するバトンと三つのピース
TM NETWORKの配信ライブ「How Do You Crash It?」シリーズを一枚のBlu-rayにまとめた『TM NETWORK How Do You Crash It?』がリリースされました。再起動にあたって制作された新曲、TM NETWORKのライブに欠かせない曲、久々に演奏された曲がセット・リストに名を連ねます。曲の間には、ひとりの少女とTM NETWORKの三人が登場するドラマ風の映像が挿入され、いくつかの興味深いヒントやキーワードが提示されました。
「How Do You Crash It?」の物語は、2012~2015年に実施されたプロジェクトの続編といえます。この物語の軸となっているのが「潜伏者(investigator)」という存在です。TM NETWORKの三人は「宇宙から地球に降り立ち、世界のあちこちで人々の生活に溶け込みながら、人間の営みを記録し報告する」という任務を与えられた潜伏者を演じます。その物語をTM NETWORKの30年に重ね、ライブで披露した数々の曲は「報告書」に見立てていました。
地球の時間で数えると30年。任務を終えた三人は、別の潜伏者たち(FANKS)にバトンを預けて姿を消しました。それから時は過ぎ、バトンが再び三人のもとに戻ってきます。ここから『TM NETWORK How Do You Crash It?』のovertureが始まります。少女がシンセサイザーの鍵盤に指を乗せ、ぐっと押し込むと、三人の物語が再び幕を開ける。三人は別々の場所で、それぞれの新しい活動を始めました。
ライブの音は、これまで以上にEDMの成分が多めでした。ステージに立つのは三人であり、サポートのドラマーやギタリストはいません。音の大部分はデータで鳴らし、そこに小室さんが弾くシンセサイザー、木根さんのギターなどが加わります。小室さんを囲むシンセサイザーは5台(うち1台はソフト・シンセ)であり、見た目はシンプル極まりないものですが、サウンドの厚みはシンプルどころではありません。新曲「How Crash?」や代表曲「GET WILD」をはじめとして、「WE LOVE THE EARTH」や「LOUD」、「LOVE TRAIN」や「COME ON LET’S DANCE」など、EDMに寄せた分厚いサウンドを堪能できます。
EDMが軸に据えられているからこそ、バラードやアコースティック系の曲が印象に残るという面もあります。例えば、木根さんが書いた「1/2の助走」や「WINTER COMES AROUND」といったバラードでは、メロディの美しさがストレートに届きました。ストリングスやピアノの音はシンプルですが薄くなりすぎず、ボーカルを引き立てるように響きます。
「TIMEMACHINE」も木根さんが書いたメロディが美しいバラードであり、それを歌うウツの歌声が胸に沁みます。この曲を聴いて思い出すのは、2001年に小室さんが残した言葉です。♪僕らだけは めかくしさせておくれ♪ という歌詞について、「現在から想像できる未来は未来じゃなくて現実だから、その現実を知ると夢を持つことができなくなるから、想像できる未来を隠してくれという気持ちで書いている」(『TM NETWORK TOUR Major Turn-Round SECOND IMPRESSION』)と語りました。今回の物語に直接リンクするとは思いませんが、感情を見せない少女の顔が、どこかこの言葉に重なる気がします。
少女は冒頭のシーンに登場した後、幾度も姿を見せます。表情や動き、目にしているものが物語をつなぐ、無口なストーリーテラーです。ある場面では船内でタブレットの映像を観て、別の場面では青空の下、潜伏者のひとりと向かい合って笑顔を見せます。やはり潜伏者の一員なのか、どのような役割を担っているのか、一連の行為は何を意味するのか。
今作の最後に新たな映像が収録されました。それは、髪を短く切った少女がバトンを受け取るシーンから始まります。中華街を歩き、路地を抜けてたどりついた先は、看板に「NFT」という文字が光る一軒の店です。中に入り、カウンターの向こうにいる人物にバトンを渡します。バトンを手にして確かめると、その人物は何かを取り出してカウンターに置きます。少女の小さな手に包まれたのは、三つのチェスの駒(ピース)。そして、一部始終をモニター越しに見ていた潜伏者の顔を捉えてから映像は消え、代わりに “OUR FUTURES HAVE ALREADY BEGUN.” という一文がスクリーンに刻まれました。
すでに未来は始まっている。Blu-rayで「三つのチェスの駒」、同日にYouTubeで「FANKS intelligence Days」という新情報を手に入れた矢先に、さらに情報が更新されました。三つのピースが意味していたのは次の新曲「Please Heal The World」であり、NFTでの販売です。また、その曲は次のステージ〈FANKS intelligence Days〉のオープニングで披露することが予告されています。現実とフィクションはシームレスにつながれ、FANKSという受け手を巻き込んで次の物語を描く。僕らは物語に積極的に巻き込まれることで、今回はバトンを預かるだけではなく、ともに物語を綴る役割を担っているのかもしれません。