TM NETWORK『QUIT30』[PART4]:QUIT30 suite
TM NETWORKのアルバム『QUIT30』の軸である組曲「QUIT30」は8曲から構成されます。曲調も違えば歌詞が描く世界も異なりますが、そこには見えないネットワークが張り巡らされ、各曲はミッシング・リンクでつながっています。
組曲は前半と後半に分かれ、アルバムでは3曲が前半に、残りの5曲が後半に収録されています。アルバムの順番で他の曲とともに聴くもよし、組曲を抜き出して通して聴くもよし。もうひとつの楽しみ方として、“The Beginning Of The End” を冠した3曲を三部作と捉えて聴くというのはいかがでしょうか。
“The Beginning Of The End” 三部作のうち、PART1は組曲の前半に配置され、PART2とPART3は並んで組曲の最後を飾ります。収録時間の合計は組曲の半分を占めており、他の曲に比べてインストゥルメンタルの部分が圧倒的に多いのが特徴です。
小室さんが組み立てたソフト・シンセの音に、Marty Friedman、美久月千晴、村石雅行の演奏が重なります。プログレらしいダイナミックな展開を楽しめるため、この三部作こそが組曲におけるサウンド面のコアではないかと思います。
ギターとシンセサイザーの奏でるフレーズは螺旋を描き、聴く人を別の場所に導きます。「The Beginning Of The End」の構成に、歌モノのセオリーはどこにもありません。ループするフレーズは少しずつ姿を変えて、淀みなく流れます。曲は不穏な空気で始まるものの陰鬱ではなく、サウンドとしての重さを強く感じながらも、精神的な重さはまったくありません。Yesの「Close To The Edge」を想起させる瞬間があるのも、この曲の特徴です。
音は反復しつつ、変化を続けます。音に重なる歌詞は、その視点をダイナミックに変化させて言葉を連ねます。人と人の関係にフォーカスしていたかと思えば、言葉が捉える範囲は次第に広がり、視点が地球から離れて宇宙にまで到達します。
スイッチが切り替わるように、曲の途中から音の雰囲気が変わります。前半は人間の体内、後半は広大な宇宙を想像しますが、このイメージは、2014年のツアー〈TM NETWORK 30th 1984~ QUIT30〉で使われた映像に紐づいています。スクリーンには、赤血球などが流れる血管をイメージしたアニメーションが流れ、やがてそれは無数の星が集まる銀河に変わりました。人間の体内というミクロの世界から、宇宙というマクロな世界へ。想像力によって、ミクロのネットワークとマクロのネットワークが連結します。
スネアの音が始まりを告げ、温かみのあるベースが曲を包みます。「The Beginning Of The End II」のイントロが響くと、それは豊かに実る大地を思わせます。重心があり、しっかりと両足で大地を踏みしめて立つ。身体の軸が定まり、多少のことでは揺らがない頑強さを感じさせる音です。
リズミカルに響くバンド・サウンドの中で、三人の歌声が響きます。線で結ばれる3つの点。歌声は重なって混ざり合い、三人だけに描けるトライアングルが僕らの前に浮かび上がります。この三角形は30年に及ぶ「潜伏期間」の中で数多く見てきましたが、特に2012年以降は結びつきを強めて、その存在がダイレクトに感じられるようになりました。
「The Beginning Of The End II」の後を継ぎ、長大なインストゥルメンタルの「The Beginning Of The End III」が演奏されます。三部作を完結させ、同時に組曲「QUIT30」の幕を下ろす曲です。そのポジションに相応しい広がりを感じます。気持ちを解放するようなギターの音と壮大なストリングスの音が交錯し、その間でピアノの凛とした音が印象的に響きます。女性の声で織り上げたコーラスが終幕に向かう曲を盛り上げ、叙情的に絡みつきます。
フェイド・アウトするバンドの演奏とコーラス。エンドロールの終わった映画に似て、組曲はその姿をゆっくりと消していきます。音は呑み込まれたのか、どこに仕舞い込まれたのか。そして、何かが素早く飛び去ったような音が短く鳴ると、からっぽの空白が残されます。漂う静寂の中、組曲が描いた世界は次第にとけて記憶に紛れていきます。