TM NETWORK『QUIT30』[PART3]:CAROL2014 suite
ひとりの少女が異世界を冒険する「CAROL」という物語が生まれたのは1988年です。TM NETWORKのツアー中、小室さんが次作の構想を木根さんに話したのがきっかけとのこと。その後、小室さんがロンドンに移住して、物語を核にしたアルバム『CAROL -A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991-』が制作されました。アルバムは1988年12月にリリースされ、大規模なツアーが始まります。木根さんは物語のディテールを作り込み、ツアーの途中で小説『CAROL』を書き上げました。
『CAROL -A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991-』に収録された4曲が、組曲「CAROL2014」として2014年にリメイクされ、アルバム『QUIT30』に収録されました。ソフト・シンセの音を軸にしたサウンドの中で、Marty Friedmanのギター、美久月千晴のベース、村石雅行のドラムが強烈な存在感を放ちます。ダイナミックでありながらテクニカルな演奏を聴くことができます。
組曲を構成する4曲が物語「CAROL」の一幕を描きます。プロローグを綴るのは「A Day In The Girl’s Life」です。ソフト・シンセの音が断片的に響き、それらはやがてカンヴァスを埋め、叙情的なギターの音や、女性の声で織り上げたポエトリー・リーディングが多彩な色を生み出します。音に絡め取られるようにして、物語の世界に潜り込みます。
『CAROL -A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991-』のオリジナルと2014年のアレンジに共通するのは、音の層の美しさです。時代も機材も異なるので音の種類は違いますが、どちらのアレンジも多様な音が張り巡らされ、聴くたびに新たな音に出会えます。1988年の音と2014年の音を聴き比べてみるのも楽しい。
歴史を積み重ねたロンドンのスタジオで、その空気を音と一緒に録ったのが1988年の「CAROL」です。一方、2014年の「CAROL」では、日進月歩の速度でアップデートされたソフト・シンセの音が鳴ります。シンセサイザーの音が他の音と溶け合う1988年、突出する2014年という違いはありますが、どちらも美しい層を描き出します。
賑わう通りを歩き、人の波をかき分けるキャロル。物語はロンドンの一画から始まります。「ガボール・スクリーン」という音楽グループのファンであるキャロルは、その新作を聴いてから気持ちがざわつき始めます。ビッグ・ベンの音が消える、父がチェロを弾かなくなるなど、音に関する不可解なことが続き、彼女の不安が頂点に達したとき、異世界への扉が開きます。
「A Day In The Girl’s Life」の最後の音につながるようにして、次の「Carol (Carol’s theme I)」が始まります。主人公キャロルの姿を歌うバラードです。ピアノとストリングスの音が彼女の輪郭を浮かび上がらせ、その表情や仕草まで思い浮かべることができそうです。ベースは優しくも重厚に響き、ドラムとともに曲を力強く支えています。
2014年に録音されたウツの歌は、ひとつひとつの言葉を丁寧につなぎます。1988年よりも輪郭がくっきりとしている印象を受けました。音の奔流に錨を下ろすような存在感を放ちます。もうひとつ感じたのは強力な磁力です。物語の世界に、音の世界に、声の世界に引き込む。ウツの歌声は物語を紹介し、聴き手をエスコートします。
ストリングスの音は組曲の随所で聴くことができます。「CAROL2014」のストリングスはソフト・シンセで奏でられ、控えめに調整されています。対して、1988年のオリジナルでは、Anne Dudleyが編成したオーケストラが曲に厚みを持たせています。静謐な雰囲気を演出するときもあれば、駆け抜ける風のように響くときもあり、あるいはキャロルの前に立ちはだかる巨大な壁にもなる。
異世界を旅するキャロル。途中で出会った三人(ティコ、フラッシュ、マクスウェル)と力を合わせ、音を盗む魔物と戦います。やがて相手の居城に乗り込み、魔物を打ち破ります。父が弾くチェロやビッグ・ベンの音を取り戻すと、三人が奏でる音楽に乗せて、キャロルは踊ります。
組曲の後半は「In The Forest」から始まります。軽快な音を響かせる曲は、冒険が始まったことを示すかのようです。暗い森の中でもキャロルの心は光を放っています。音が盗まれ、希望が奪われかけた世界。この世界のことを何も知らないキャロルは、持ち前の明るさを武器にして前に進みます。ここに住むものに出会い、その惨状を聞かされても、彼女の心に灯る火は消えません。そんな姿に励まされ、生き残ったものたちは音と希望を取り戻すために動き出します。
組曲は最後の曲、「Carol (Carol’s theme II)」を迎えます。最初は静謐な空気を漂わせながら、巨大な敵に立ち向かうキャロルの姿を歌います。突如として音は一転し、炎が立ち上がるかのように、盛り上がりを見せます。ギターが咆哮します。このパートを演出するためにMarty Friedmanが選ばれたのではないかと思うほど、激しく、輝きを放つ演奏を聴かせてくれます。そしてシンセサイザーの鋭角的な音がギターと交錯し、火花を散らし、それはまるで戦いの様子を音で描いているかのようです。
音の奔流が途絶えると、「In The Forest」の歌詞とメロディが再び姿を見せます。「In The Forest」では跳ねて勢いのあったアレンジですが、テンポを抑えて、柔らかくなって「Carol (Carol’s theme II)」の最後に組み込まれています。その柔らかな音と歌は、戦いが終わり、残された者の傷を癒すかのようです。ずっと空を覆っていた厚い雲が少しずつ晴れ、光が差し込んできます。
どれだけ踊ったのか、キャロルが気づくと、そこは元の世界です。そのとき初めて、向こうの世界の三人とガボール・スクリーンを通じてつながっていたことを知ります。彼らはガボール・スクリーンを通してメッセージを送っていましたが、それはキャロルにだけ届いていたのです。そして、三人の音楽が収められたレコードと、彼らとともに過ごした記憶を胸に抱き、物語が終わります。