TM NETWORK『QUIT30』[PART1]:New mix for QUIT30
2014年10月29日、TM NETWORKのアルバム『QUIT30』がリリースされました。1984年4月21日に発表されたデビュー・アルバム『RAINBOW RAINBOW』から数えて12枚目のオリジナル・アルバムです。“QUIT” はソフトウェアを終了するときにクリックするメニューであり、“30” はTM NETWORKがデビューから積み上げた年数を表わします。彼らが2012年以降の活動で表現してきた「TM NETWORKの30年間は地球における潜伏期間」というストーリーになぞらえるなら、その潜伏期間を終わらせるトリガーとなった作品です。
アルバムの曲は4つのカテゴリーに分けられます。2012年以降に発表したシングルの収録曲のアルバム・ミックス(New mix for QUIT30)、アルバム用に録音された新曲(New songs)、1988年に発表した作品を再録した組曲「CAROL2014」(CAROL2014 suite)、そしてトータル8曲で構成される約20分の組曲「QUIT30」(QUIT30 suite)です。
TM NETWORKは2012年4月25日に「I am」、2014年4月22日に「LOUD」というシングルをリリースしました。海外のエンジニアが手掛けたアルバム・ミックスでは、オリジナルと同じ素材を扱いながら、強弱のつけ方が変わっていたり、音の位置が入れ替わったりしています。原型から大きく離れるリミックスとは異なり、オリジナルの骨格を残しており、曲の輪郭も同じです。けれども、立体的な彫像に光を当てると角度によって陰影が変わるように、同じ曲であっても、シングルとアルバムでは異なる印象を受けます。
最初に鳴るのは太く重く、芯のあるスネアです。ベースとギターが引っ張るイントロ、そしてその波に飛び乗るようにコーラスが響きます。心地好いハーモニーに心躍る、そして引き込まれる。「I am」のアルバム・ミックスでは、大胆に音を抜き差ししなくても、印象が大きく変わることに驚きます。シンセサイザーの音が後衛に下がり、その他の音がフロントに立って曲の印象を決定づけています。キックやスネアの音が強められており、勢いよく駆けるベースの音が体感速度を上げる。ヘビー・ロックの雰囲気を醸すくらいに、ギターの音も前に出ています。
三人の声は立体的に配置され、それぞれが前に出たり、下がったりします。ウツがリード・ボーカルを担当し、木根さんと小室さんがコーラスを重ねるというのが基本的な役割ですが、聴いているとその境界線が消えていきます。流れるように言葉を生み出すラップの雰囲気が漂いつつも、メロディの輪郭はくっきりと見える。言葉に合わせて譜割は変わり、同じメロディやテンポでも、言葉の違いによって体感速度が変わる。曲の中で速度や印象が流れるように変化する「I am」は、アルバム・ミックスによってその特徴が浮き彫りになります。
「LOUD」はドラマチックでダイナミックな展開が魅力的な曲です。アルバム・ミックスを聴くと、ピアノに近い硬質な音を奏でるシンセサイザーが印象に残ります(オリジナルでは奥の方で鳴っているので、入れ替わった感じ)。目立つのは間奏ですが、他にもBメロで聴くことができます。さらに、曲の最後、オリジナルでギターが満たしていた曲のラストを、このシンセサイザーの音で埋めています。裏に回った音とともに記憶に残り、音のレイヤーを楽しむことができます。
シングルよりもロックの雰囲気が感じられ、特にそれが顕著なのがリズム・セクションです。スネアの音が抜けるように調整されていて、クリアに聞こえて気持ちいい。特に、展開が変わって盛り上がっていく終盤はスネアの音が全体を引っ張っていきます。キックとスネアが織り成すリズミカルな展開は、まるでピッチにおける息の合ったパスワーク。そしてスネアが引いてキックだけになると、キックの魅力が何倍にも増します。スネアが屹立するほどにキックの厚み重み深みを感じられる。どちらの音も魅力的だからこそ実現する相乗効果です。
アルバム・ミックスを聴いて思ったのは「音のバランスを変えることでロックに寄った」ということです。オリジナルがシンセサイザーを前に配置していたためか、その対比で、アルバムではギター、ベース、ドラムといった音が強めに鳴っていると感じます。シングルがダンス・ミュージックとポップスを混ぜた音だとすれば、アルバムの音はダンス・ミュージックとロックのハイブリッドと言えるかもしれません。
さらに、ボーカル・トラックが前に出るようにミックスされていることも共通しています。TM NETWORKの特徴のひとつは三人で生み出す歌声のレイヤーです。デビュー当時から重視していた要素ですが、2012年以降は特に重きを置いていました。アルバムで届けられた三人の歌声からは、色褪せない魅力と同時に、時間をかけて生まれた深みのある魅力を感じることができます。