Eir Aoi LIVE TOUR 2020 “I will…” ~have hope~
藍井エイルは8月16日を「エイルの日」といっています。2018年に復帰後初めての武道館公演、昨年にはファンクラブ向けのライブが行なわれた日です。今年もイベントが実施される予定だったと思いますが、全国ツアーの延期・中止を受けて、観客を入れずにステージを配信するライブに切り換わりました。〈Eir Aoi LIVE TOUR 2020 “I will…” ~have hope~〉と題したライブは、全国ツアーと同じセット・リストが組まれ、その様子はPIA LIVE STREAMとLINE LIVE-VIEWINGで配信されました。
もちろん会場で音を浴びるのがベストではありますが、それが難しい今、どうやってライブを楽しむか。僕は配信を意識したミックス(ステージから出る音のバランス)に注目しています。今回のライブをヘッドフォンで聴いていて、最初から最後までずっと音の良さに感動しました。エイルのさまざまなボーカル表現、エイルバンドのメンバー各人のテクニカルな演奏、バンドとして束になったサウンドが同時に楽しめる。ひとつひとつの層の特徴も、層全体の厚みもよく見えるといった感じでしょうか。
ライブの幕を開けたのは、数日前にリリースされた「I will…」です。静謐なピアノの演奏から始まり、壮大に展開していくこの曲が、ストリーミングの中の世界を一気に音楽空間に仕立て上げます。エイルはリリースに合わせて音楽番組に出演し、歌を披露してきましたが、ライブで歌う、そしてバンドの音で歌うのはこの日が初めて。歌も演奏も力強くて、もう何年も、何度も披露している曲のように思えました。「I will…」を筆頭に、ボーカルにライブ感も安定感もあったことが素晴らしく、歌声のさまざまな表情が見えました。
続く「月を追う真夜中」はビートが気持ちよい曲であり、ライブで聴くたびに身体に染み込ませるように聴いています。そのビートを生み出すドラマーが楠瀬拓哉です。作曲およびアレンジを担当した重永亮介が弾くピアノの音もリズミカルに重なります。身体が跳ねる感じというか、身体を疼かせる音の奔流が心地好い。エイルも楽しそうに歌っているのが印象的でした。
エイルの衣装は赤と黒。青を基調とすることが多いなか、赤が強調された衣装で歌う姿は新鮮です。そのカラー・コーディネートが特に映えたのが「アカツキ」です。2016年と2018年のライブに続き、僕がライブで聴くのはこれで三度目です。歌も音も叙情的なエモ系ロックの筆頭であり、ライブを重ねるごとに曲の持つ切なさが増して響きます。明滅する赤い光が歌声を吞み込もうとし、しかしそれを食い破るように歌声は存在感を増して響きます。バンドの音も熱を帯びるなか、とりわけ土屋浩一が披露したギター・ソロが印象に残りました。
バラードの「青の世界」。初めてライブで聴いたときに、森閑とした会場を満たす歌声に驚き、感動したものです。ステージから離れた観客席にも、その美しさが減衰することなく届く。歌声に「触れている」ような感覚で聴いていました。そして、配信であっても、その「触れている」感覚は健在でした。海の底の深い深い青から、クリアに広がる空の鮮やかな青まで。ひそやかだった雰囲気が、明るくキラキラした雰囲気に変わっていき、そして再び穏やかな空気に包まれます。一日の中、巡る季節の中、さまざまな青が取り巻く世界が、ひとつの曲に凝縮されています。
ファンキーな新井弘毅のギターで始まるエイルバンド・セッション。短い時間ながら、それぞれの技術や魅せる演奏が詰め込まれています。そしてセッションの熱が残るなか、華やかな空気をまとって「Raspberry Moon」が披露されます。ベースを弾く黒須克彦が書き、アレンジした曲です。ジャズを意識したこの曲をライブで聴いてみたいという願いが叶いました。エイルは黒いケープコートに黒いハットで登場し、視覚的演出で曲を盛り上げます(そしてハットは間奏で宙に舞う)。ボーカルも意識的に他の曲と変えており、曲線的で艶っぽく響きます。ジャズの色気とロックの荒々しさがせめぎ合いながら、他の曲にはない魅力を放っていて、期待を超える感動が得られました。
「画面越しとか関係なく煽るからね」といって歌い出した「IGNITE」、続く「シリウス」で締めくくると、ステージは暗転し、スクリーンに「アンリアル トリップ」と「I will…」のミュージック・ビデオが流れます。それらが終わると、ステージにエイルが戻ってきて、「負けないで」を歌います。外出制限がかかっていた時期に、YouTubeにアップされたカバー曲のひとつです。エイルはアコースティック・ギターを弾きながら歌い、それを重永亮介のピアノが支えます。そして、他のメンバーもステージに戻り、「INNOCENCE」と「レイニーデイ」を披露して、ライブが終わります。いつかまた観客で埋め尽くされた会場でライブができることを願い、2020年の「エイルの日」のライブは幕を下ろしました。