Donald Byrd『Slow Drag』『Byrd In Flight』:連鎖するジャズのクリエイション、その源流で響くトランペットの音
トランペット奏者Donald Byrdが世を去ったのは2013年のことです。quasimodeがBlue Note Recordsの曲をカバーしたアルバム『mode of blue』で、「Ghana」と「The Loner」という彼の曲を知りました。quasimodeのアレンジはとても素晴らしくて、曲が持っていたメロディの美しさを存分に引き出してくれています。『mode of blue』をきっかけに、これらの曲が収録されたオリジナルのアルバム『Slow Drag』と『Byrd In Flight』を聴きました。
トランペットとアルト・サックスが印象的な『Slow Drag』。僕としては、この2管を支えるCedar Waltonのピアノが好きです。特に「Book’s Bossa」と「The Loner」に心をつかまれました。ホーンとピアノの音の位置が気持ち良い。ホーンがソロをとっている間、ピアノは名脇役といった調子で、全体を支えるフレーズを奥の方で弾いています。さらにどちらの曲も、アルト・サックスからソロを引き継ぐと、静かに心を熱くさせてくれる音を連ねます。こういう曲こそ、レコードに針を落として、スピーカーの前で耳を澄ませて聴きたい。
『mode of blue』を聴き始めたころは「Afrodisia」のような目立つ曲を好んで聴いていました。ところが、村上春樹のエッセイ集『意味がなければスイングはない』を読んでから、印象が変わります。このエッセイで彼はCedar Waltonについて「弾き過ぎない、並べ過ぎない、しかもそれでいて語るべきことはしっかり、さらりと語ってしまう」と書き、「ウォルトンの知的で端正ではあるが、そのくせ鋼のように鋭い独特のタッチ」が好きだと述べています。Cedar Waltonのピアノに注目しながら改めて『Slow Drag』を聴くと、「The Loner」が違った響きを持って僕の中に入ってくるようになりました。
『Byrd In Flight』には「Ghana」が収録されています。「Ghana」のメロディは、何度も何度も聴いて身体に刻み込まれたとも言えますが、オリジナルのアレンジを聴いて新たな感動と驚きがありました。基本となるメロディはもちろんquasimodeの演奏でも同じなのですが、音の置き方、つなげ方、抜き方、伸ばし方などが工夫されているのだと思いました。さらに、オリジナルで聴ける短いフレーズがあり、この有無で印象が変わりますね。Donald Byrdのオリジナルは赤とオレンジで炎のように輝いていて、ホーンを前面に押し出したアレンジを施している。Duke Pearsonが奏でる軽快なピアノも心地好い。一方、quasimodeの方はピアノの音色を軸にしたアレンジで、青と白の光できらきら輝く穏やかな海のようなイメージ。そんな違いを感じましたが、どちらも本当に良い。
Donald Byrdが生み出した音とメロディ、それをquasimodeの音が生まれ変わらせる。時代が違うので音の太さは異なりますが、それでもなおDonald Byrdが生み出すグルーヴはフォロワーに負けていないと思えるし、quasimodeは曲の良さを伝えながら自分たちのアプローチを盛り込んでいました。ジャズのおもしろさは、時代が移っても曲が受け継がれ、新たな生命を吹き込まれることですね。換骨奪胎ともいえるような、終わることのない創造の連鎖です。