高野雀「It’s your (new) ID.」:交錯する「ID」は心に触れ、人知れず「new ID」に更新される

fujiokashinya
May 13, 2023

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高野雀の漫画「It’s your (new) ID.」は、自分を規定するものの自覚や揺らぎ、交差を描く物語です。同じ学校に通ういくつかの男女ペアが主役となって各々の話が展開され、それぞれの「ID」と「new ID」が描かれます。2017年に刊行された『あたらしいひふ』という単行本で読めます。

容姿や体型など自分を規定する要素に対する葛藤は思春期のテーマになりがちですが、この物語ではすでに受容されていて、むしろ客観的・俯瞰的に捉えています。理想と現実の乖離に苦しむのではなく、冷静に見つめている姿が印象的です。そのなかでも心の揺れや感情の起伏があり、まったくの無風ではありませんが、そうした揺らぎすらも、全体に漂うニュートラルな空気に呑み込まれます。

例えば「mole」という副題の話では、身体中にほくろのある少女が登場します。特に夏は目立って好奇の目で見られるから嫌いだけど、なんとなく折り合いをつけている。自らの特徴のひとつですが、肯定も否定もしきれません。あるとき、同じクラスの少年がそのほくろを「星みたいでかっこいいよね」と言って話しかけてきます。彼は彼女のほくろから宇宙を漂う無数の星をイメージし、彼女に惹かれています。二人が付き合うようになってしばらく経ったある日、彼女が熱心に話していると、彼はそっと彼女の手を取りました。重ねた手に自分の心を委ねるようにして、彼女の声に耳を澄ませながら、彼は自らのイメージに広がる宇宙を漂います。

また、副題「flavor」が描くのは、背中に「見えない大きな刻印」(斑のようなもの?)を持つ少女が、時折うんざりしながらも淡々と生活する姿です。彼女は自分を鹿のようだと思い、鹿を抱え、鹿に囲まれるファンタジーまで思い描きます。一方、アニメのキャラクターに心酔する少年は、その少女と学校ですれ違って、キャラクターの抱き枕からはしない、自らが求めていた匂いに触れます。そして、放課後の教室で少女の首筋の匂いをかがせてもらう少年は、抱えていたものが崩れていくのか、やがて涙をこぼします。エキセントリックな展開に戸惑いながらも、二人のIDが交わる様子が印象に残りました。

本作では、教師が生徒たちに向かって “complex” と “complicated” の違いを解説する場面があります。どちらも「複雑な状態」を表わす言葉ですが、ニュアンスは異なります。作中でも挙げられた “housing complex” が「団地」であるように、“complex” は「関連する要素の集合」というニュートラルな状態を示します。対して、“complicated” は厄介な問題を持った複雑さ、もつれた糸のような「解決するのが難しい」状態です。なお、“complex” は「編む」、“complicated” は「折り重ねる」という意味の言葉をルーツに持ちます。

「It’s your (new) ID.」で描かれたのは “complex” の状態だと僕は解釈しました。少年少女のIDが交錯する様子は「解決すべき問題」ではないし、自らのIDについて悩むことはあってもクリティカルではない。互いのIDが接触したとき、生まれるのは衝突ではなく併存です。一人ひとりがIDを持って存在する――まさに団地のようなものかもしれません。そのなかでnew IDへの更新は人知れず脱皮のように、あるいは細胞の入れ替わりのように行なわれます。淡々とした日常においてIDがnew IDに更新される出来事があり、同じような温度で更新は繰り返されるのでしょう。

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Written by fujiokashinya

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