𠮷岡桂子『鉄道と愛国』:歴史の結節点をつなぎ、人々の思惑を運ぶレールウェイ
離れた土地をつなぎ、人や物を運ぶ鉄道。否応なしに人々の生活と深い関わりを持ち、歴史的にも随所で重要な役割を演じてきました。線路の敷設や鉄道輸送が意味するものは、過去も現在も、そして未来にとっても決して小さくありません。
撮り鉄でも乗り鉄でもない自分が鉄道に興味を抱いたきっかけは、朝日新聞記者の𠮷岡桂子が著した『鉄道と愛国 中国・アジア3万キロを列車で旅して考えた』です。本書の前半は、中国における高速鉄道建設の流れをまとめています。日本が目論んだ新幹線の輸出、フランス、ドイツ、日本による受注合戦、習近平政権が進める高速鉄道網の拡大など、来し方を眺めたところで気になるのは行く末です。経済成長による投資と回収の循環が止まったときに、いかなるシナリオが待っているのでしょうか。
ハンガリーもセルビアも、主な貿易相手はドイツをはじめとするEUだ。貿易総額の半分以上を占める。地理的にも歴史的にも欧州各国やロシアとの関係が深い。中国との接近は、裏金を含むチャイナマネーという経済的なメリットを得るとともに、EUに対して発言権を確保するための交渉の道具でもあるのだ。
𠮷岡桂子『鉄道と愛国 中国・アジア3万キロを列車で旅して考えた』pp.226–227
対して後半では、朝日新聞GLOBE+の「鉄輪で行く中国・アジア」というコーナーが、加筆や再構成のうえ収録されました。東南アジア、東ヨーロッパ、インド、韓国、香港など、中国の「一帯一路」政策に絡む地域の鉄道に著者が乗り、車内や駅の様子を綴ります。中国との関係で浮かび上がる各国の狙いや問題が考察されていて、特に印象的だったのがハンガリーやラオスについて書かれた項です。
だが、中国の最大の狙いは貨物輸送にあった。中国昆明からラオス経由でタイを抜け、マレーシア、シンガポールへとつなぐ「アジア横断鉄道」の一部をなす。インドシナ半島の腹部を貫き、海へと抜ける。中国の製品を輸出するルートであり、中東から原油を運ぶ海運ルートのバックアップ機能を持たせている。
𠮷岡桂子『鉄道と愛国 中国・アジア3万キロを列車で旅して考えた』p. 129
ハンガリーの首都ブダペストの地下鉄は、ロンドンとイスタンブルに次ぐ世界で三番目に古い歴史を持つそうな。そんなハンガリーでは、中国に近いオルバン政権が貨物輸送の強化を進めています。背景にあるのが、中国とヨーロッパを結ぶ貨物輸送のプロジェクトです。ブダペストとセルビアの首都ベオグラードを結ぶ鉄道の改良工事を中国が支援しており、中国との結びつきがハンガリーの利益につながります。そして、その戦略はEUへの牽制にもなり得るとされます。EUの一員であるハンガリーの主な貿易相手はEU各国であり、中国との関係はEUへの発言権を確保するための道具でもある。EUと中国の間で駆け引きを行なって自国の利益を引き出すグラデーションのような関係性が見えます。
線路の幅は、政治性を帯びる。軍事的にも経済的にも勢力圏のシンボルのように扱われる。中央アジアではロシア幅か中国幅かで結論を出せず、中国が希望する新しい国際鉄道の構想は進んでいない。中国とベトナムの間でも1000ミリ幅が基本のベトナムが、のらりくらりと中国幅の新線の敷設をかわしている。
𠮷岡桂子『鉄道と愛国 中国・アジア3万キロを列車で旅して考えた』p. 145
ラオスの項でも、中国による貨物輸送ルート(昆明からシンガポールに至る鉄道)の開発が言及されています。加えて、線路の幅に言及した「軍事的にも経済的にも勢力圏のシンボルのように扱われる」という一節が印象に残りました。中央アジアの国々ではロシアの規格か中国の規格かで結論を出せないために中国の国際鉄道の構想が進まず、独自の幅を持つヴェトナムは中国幅の新線の敷設をうやむやにしているとのことです。鉄道や線路が映す国々の思惑は複雑な模様を描き、単純な色分けができない難しさが伝わってきます。