小林ユミヲ『にがくてあまい』:物語は野菜を介して「食べる」と「生きる」を重ねる

fujiokashinya
Jan 27, 2021

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小林ユミヲの漫画『にがくてあまい』は、2010年から2016年まで続きました。MAGCOMIでの配信は終了していますが、現在は「ふらっとヒーローズ」で再配信されています。

作者がいうところの「お茶の間コメディ漫画」、「ハートフル&インチキラブコメ」は、主役の「マキ」と「渚」の関係を中心に展開し、同時に脇役の魅力や生きざまも描きました。さまざまなテーマで、多彩な野菜と人々の思いを料理し、読者の前に提示してくれました。

苦手な野菜をどうやっておいしく食べるか。家族、職場、性別など、複雑な人間関係とどう向き合うか。物語は、人間模様に野菜を重ね、食べること、生きることの先にある変化や成長を描きます。もちろん純粋にコメディとして読むこともできますが、その陰影を感じながらじっくり読むこともできる物語だと思います。

「マキ」と「渚」、ふたりの関係が時間をかけて変化していく様子が好きでした。加えて、僕の好きなキャラクターは「ばばっち」です。彼に焦点を当てたエピソードが2冊あって、その弱さや誠実さが存分に描かれ、とてもリアルで引き込まれました。とても魅力的なキャラクターです。

完結後には川口春奈と林遣都が主役を演じた映画が公開されました。ストーリーは原作の第1巻をメインにしており、原作を再現したシーンに嬉しくなったり、漫画とは違う映画ならではの表現にうなったりと、存分に楽しめました。

そして現在は、続編の『にがくてあまい -refrain-』が連載されています。新しいキャラクターを主人公に据え、彼女の悲喜交々の物語をお馴染みの面々が支えます。『にがくてあまい』で描かれた重要なテーマである家族は、角度を変えて『にがくてあまい -refrain-』をも貫きます。

『にがくてあまい』を読みながらずっと気になっていたのが、「マキ」と「渚」が同居していた長屋の存在です。ここを初めて訪れる人々は戸惑いつつも、誰もが帰るときには表情が変わっていたのが印象的でした。第12巻のあとがきで作者は、この長屋について「空地にある秘密基地」、そして「いりくんでいて、人も車もめったにこない、フリーダムな場所」と記しました。きっとそこは何かが起こる場所。

この長屋は本当に存在していて、そこで「マキ」も「渚」も暮らしているのではないか。そんな想像を抱くこともありました。僕は東京のどこかでふたりとすれ違ったことがあるのかもしれない…と思うと、フィクションとリアルの境界はぼやけます。そう思えるくらい、不思議な存在感のあるキャラクターたちであり、それらを包み込む長屋なのです。

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Written by fujiokashinya

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