井浦新『井浦新の日曜美術館』:絞り出すように言葉を継ぐ姿に、作品に魅せられた人間のリアリティ、鑑賞者としての誠実さを見る
2013年4月から2018年3月まで、井浦新がEテレの「日曜美術館」の司会を務めました。それまでの司会者とは異なり、美術館で収録している場面をよく目にする気がしていました。スタジオで座って話す方が多かったと思いますが、作品に顔を近づけて見入っている場面が強く印象に残っています。2012年の「日曜美術館」の特別版に出演した際は、佐賀県に住む葉山有樹という陶芸家を訪ねました。作品を鑑賞しているときの食い入るように見つめる表情は、司会を担当するようになっても変わらず、同じだけの熱を放っていると感じました。
2014年の夏に、井浦さんは『井浦新の日曜美術館』を著します。司会として番組に携わった軌跡をまとめた著作です。2013年に放送された回から十数本を取り上げ、出演する中で感じたこと、作品を振り返って改めて思うことを綴ります。作品のひとつひとつと丁寧に、そして作家のひとりひとりと真摯に向き合っていることが窺い知れます。
僕は写真家の植田正治を特集した回が印象に強く残っており、本書でも触れられています。この回では、井浦さんが鳥取砂丘を訪れ、植田正治のシリーズ「砂丘モード」の一枚を再現する様子が流れました。写真の中の彼は、タキシードでびしっと決めつつもコミカルな面を被り、頭上にはシルクハットがぽつんと浮かんでいます。オリジナルと同じ格好、同じポーズ、そして同じ演出で撮影された一枚です。
シャッターが切られた後、面を取った彼の目に飛び込んできたのは、釣竿から垂れた糸とその先につながっているシルクハット。宙に浮いたシルクハットは、上から吊るされていたのです。トリックを知って笑みを浮かべる井浦さんの姿をカメラはとらえました。意外と単純な仕掛けだったことに驚きを隠せず、その気持ちを本書に記しています。
「日曜美術館」の司会者は、美術愛好家のひとりとして、自分の言葉で作品の魅力を表現し、自らの思いを説明します。井浦さんは時間を費やして言葉を選び、少しずつ積み上げます。評論家や研究者による流暢な解説も歯切れがよくていいのですが、井浦さんのような語り口も魅力があります。作品から受け取ったエネルギーが大きいほど、感じたものを言葉にして表出することは、効率的にはできません。絞り出すように言葉を継ぐ井浦さんの姿に、作品に魅せられた人間のリアリティ、鑑賞者としての誠実さを見ました。